E スケジュール

4月3日(火)
オリンピック会場 Zetra

 サラエボオリンピックの会場となったZetraに行く。前日まで会議が開かれていたそうで、ちょうどソファーやテーブルを片付けているところだったけど、その横でバスケをした。そのソファーでくたびれている若者も数名。そして張り切る紀世ママ。自分はあんまりバスケ好きじゃなかったんだけど、今日は楽しかった。でも、やっとシュートの感覚が分かりかけてきたと思ったときにはもう終わりだったのは残念。それに、せっかくシュートが決まったときに限って、誰も見てないんだもん・・・。 (中尾達也)

墓地

 Zetraに隣接する墓地を訪問した。ここには内戦の前からあるお墓と、破壊されたスタジアムの跡に作られたお墓がある。墓地の広さはうちの大学のキャンパスがすっぽりと入りそうなほど広いのだが、それでも内戦で亡くなった人を埋葬する場所が足りず、以前からあるお墓とお墓の間にも埋葬したそうで、お墓の間隔が狭くなっているところもあった。
  ここのお墓は主にムスリムの人々とクロアチア人のもので、亡くなった人の年齢も赤ちゃんからお年寄りと様々であったけれども、本当に数え切れないほどのお墓があった。このお墓の数だけの人生があったのである。いくつかの墓碑の前で、ふと「この人はどんな人だったのかな?」と思った。家族もいただろうし、仕事をしていたり学校に行ったりと、それぞれに生活があったはず。しかし、民族や年齢の関係なく、内戦が全てを奪ってしまったのだ。内戦っていったい何だったんだろう。結局、私たちには分からないのかもしれない。無力感に襲われてしまうが、うれしいことは人々が力強く前向きで、そんな彼らと一緒に過ごせること、そして私たちにも彼らのお手伝いができることである。(中尾達也)

イグマンでの夕食  イグマンの宿泊施設に到着。ここは学生が合宿などで利用するところらしい。遠くに見える山にはまだ雪が残っていて、とてもいい景色。夕食はボスニア&日本のママたちによる料理で、テーブルにはピタやパン、ちらし寿司にカレーなどが並んだ。日本食はやっぱりボスニアの人よりも日本人に人気がある。そう言えば、エミールにせんべいをあげたときもちょっと不評だった。ボスニアに来る前は食事のことが少し心配だったけど、ボスニアの食べ物はとてもおいしくて、日本食が恋しいなんて全然思わない。食事の後片付けを手伝った後、日本人のメンバーたちと外に散歩に行く。外は真っ暗で静寂そのもの。あんなに静かな場所にいたのはいつ以来だろう。ここで星の写真撮ったらきれいだろうな。その後戻って、管理人さんの部屋でみんなでくつろぐ。子供たちはかくれんぼをしていた。ここでボスニアの梅酒を飲ませてもらったのだが、これが強烈。アルコール度数は50度以上あるそうだ。ワインも飲んで、ちょっと酔っぱらう。(中尾達也)

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