3. サラエボにファストフードの店ははあるのか? アドナンはみやげにハードロックカフェのキャップを持ってきました。熊本のミスタードーナツへ行った時、サラエボにもそんな店はあると言っていましたので、そういう店はたくさんあると思っていました。マクドナルドはありませんでした。しかし、チェバプチチというハンバーガーに似た食べ物があるではありませんか。ドーナツはファストフードの店ではなく、パン屋さんやカフェにありました。つまりファストフード店はなくても、昔からのおいしい食べ物屋があるということでした。街にはキャンディーやボスニア独特のお菓子、そしてピタの店がたくさんありました。べつにファストフードの店など必要なかったのです。現在ボスニアは電気や道路などのインフラ設備が整いつつあります。しかし食文化に関しては豊かさを感じずにはいられませんでした。 4. ボスニアのお母さん達について 彼女らとのコミュニケーションは少しの英語とジェスチャーでした。今回の旅では、前回受け入れた子のお母さんたちが中心となって、私達をもてなしてくれました。特にイグマンという山の施設へ行った時、彼女らは食料持込みで夕食を作ってくれました。前日徹夜で準備をしたお母さんもいました。それは、日本の母親が文化祭や部活などでバーベキューや焼きそば作りをする時と同じでママさんパワーそのものでした。つまり日本もボスニアも変わらない、母達の強さを感じました。親子関係はとてもよく、さりげないハグもうらやましいものでした。今回は特にアドナンとは毎日キスでごあいさつしました。それは、熊本で彼が少しホームシックになった時、抱きしめることさえしなかった私の後悔がそうさせたのだと思います。アドナンママに、彼はグッドボーイですねと言った時、泣くまねをしました。それって時々泣かされるということでしょうか。少し安心しました。 5. 終わりに 私の謎は解けました。今サラエボは、2010年の冬季オリンピック開催をめざしています。1984年にサラエボオリンピックを開催できた事は、内戦後の荒廃した街に住む彼らにとって大きな誇りです。折につけ、過去のオリンピックの話をよく耳にしました。候補地がたくさんあるので実現できるかはわかりませんが、また開こうとするその気持ちが、ボスニアが内戦から立ち直ったと言う事をよく表しています。ボスニアの人々の希望が、せひ実現する事を望みます。