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3月22日(水)ポタラGH |
朝の集合10時だったから、久しぶりにゆっくり出来た。テラスでの朝御飯は昨日パン屋さんで買った、50%オフの美味しそうなもの。チャイとかを飲みながら、通訳のツルテン(蔡旦多木)通称ミッキー(東幹久似だから)にあった。彼は英語・チベット語・ネパール語・中国語がしゃべれるらしくて、なかなか身長も高くて親切なハンサムだった。バンは8人+ユミさん・ミッキーの10人で、けっこう狭かった。
ナムギャル・ミドル・スクールに向かう道は結構埃っぽい道で、すごく寂れた感じだった(多分それがこっちの普通なんだと思うけど)。学校は広くて思ったよりもなかなか整備されているなぁと感じた。ついでに子供達の制服の紺色がなかなか眩しい。インタビューの後、教室に行ってここに来て初めての文化交流をした。ミーティングではインタビュー項目についてはかなり検討していたけど、文化交流の仕方とか出し物の数とか、各自の分担とかを決めていなかったので、けっこうみんな手持ちぶたさだったかも!?それにしてもコマの人気はすごい。でもコマをまわす程広い場所でもなかったので、初めてのコマ回しは結構子供達の奮闘ぶりが見えた文化コーディネーターのみちこちゃんは結構、いろんな武器(!)を駆使して頑張っていた(いいですね〜!!)。最後にみんなで校庭で記念撮影をしたけど、私達の人気ぶりはすごかった(人生でモテモテの時代到来!?)。子供達にもみくちゃにされながらの記念撮影は、旅の最初としてはいい出だしだったと思う。
午後のネイリンカンでは、始めてチベット難民の子供達の実態に触れることになった。ナムギャルの子供とは違って、こっちのほうを警戒するようにジッと見ているのが、やっぱり違った。人見知りしているだけだとは思うんだけど、午前の学校の子供達とは違っていてそこら辺もやっぱり亡命してきた人たちだなぁって感じた。
インタビューもさることながら、ツェリン・ラモの写真を通しての難民の実態はみんなかなりびっくりしていた。写真も凍傷の事とかを聞きながら本当に胸が熱くなった。この間のチベットレポートで、そういうチベット難民一時収容施設のボランティアをしている人に聞いた話を思い出した。なんて言ったらいいんだろうか分からないけれど、1つ言えることは日本と違って世界では色々なことが起こっていて、チベット難民のように命をかけてヒマラヤを越えて亡命してくる人たちがいるということだ。かなり深刻な話になるけれど、そういうことを本当に実感した。これまで私がチベットに関して感心を持っていた点は、その宗教文化と人々の暮らしだったけれど、その側にある難民・亡命という側面からのチベット問題についてはあまり見ていなかった。目から鱗ってほどでもないけど、とても印象的だった。(このみ) |
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ゆみさんもハードスケジュールなのできつかとでは?皆むりせず休みまくってくれよ。体壊したらいみねーよ。わかってくれよ。でも無理に休ませることはできんし、みんな一緒にいきたいだろうし、がんばりたいと思うんだろうし。プライドみたいなものとか、なんやかんやそれぞれ個人で事情もあるだろうから、強く休めとはいえないんだよね。こうじがちょっときがかかりだ。あいつは、リーダー意識ゆえにひとりでしょいこんでしまいがちだから、精神的な疲れが著しいはずだ。とてもつらいことわかる。どうしてもしょいこんでしまうこともわかる。といってもわかるつもりでいるだけにすぎないが。こうじにはどうかやすんでほしい。一日休めばりーダーの重みからもすこしでもがれることができるのではなかろうか。皆に共通することだが、自分のからだにムチうってがんばることは、すばらしいことであるとは限らない。今回のような8人も大勢での旅行の場合一人のリタイアは、皆に迷惑をかけることになる。どうしてもいきたい気持ち、そのような私な気持ちを抑えて公のために、やすんではくれないだろうか。正直俺もきちーばい。はやくバカンスしてー。てゆうかバカンスしよーっと。機会があればね。(しゅんすけ) |
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