| 3月29日(木) |
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ホストの子供たちが通っている小学校を訪問。ズームラ(エミールのママ)もここで生物の先生をしている。大使館の人も来られて、ホストファミリーも一緒にNHKスペシャルでボスニア内戦を取り上げたときのビデオを見た。実際に内戦を経験した人たちと一緒に見るのはとてもつらい。前の方に座っていたので、他の人の表情は分からなかったが、目の前に座っていたニーナは、ビデオの中でクロアチア人勢力の指導者だった人がインタビューに答えているのを見て、「まったく理解できない」とでも言うように、とても厳しい表情で首を左右に振っていた。誰かが泣いているのも聞こえたが、後ろを振り返ることはできなかった。後で聞いたところによると、泣いていたのはジェーボのママで、彼女はビデオの途中で部屋から出て行ったそうだ。
その後、小学校の子供たちがダンスや歌で歓迎してくれた。ボスニアの子供たちはとにかく元気。一緒にいる日本の子供たちがおとなしく見えてしまう。内戦があって、まだいろいろな問題が残っているけれど、ボスニアの未来は明るい、と思った。こんなに元気で明るい子供たちがいるのだから。むしろ日本の未来のほうが不安に思える。
Be My Friend の人たちからは傘をプレゼントされた。有難いことに、このプロジェクトを記念して作ってくれたそうである。そして小学校を離れるとき、文字が刻まれた数十枚の金色のプレートが玄関の壁に貼られていることに気づいた。尋ねてみると、それは内戦で亡くなった親たちの名前が刻まれているのだという。さっきの子供たちだけを見ていると、何もなかったかのようにも思われてくるけれど、これが現実なのだ、と感じさせられた。(中尾達也)
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国立美術館に到着したのは閉館間際。しかも、美術館の職員の方は私たちが訪問する日を勘違いしていたらしいのだが、何とか見学させてもらえることになった。サラエボの他の建物と同じように、美術館にも銃弾の痕が残っていて、ところどころ破壊されている。内戦中、所蔵品は安全な場所で保管され、美術館は閉館されていたそうだ。現在、所蔵品は戻されつつあるということだったが、一部はいまだに閉館したままであった。
美術館の中は、動物学、植物学、民俗学などのセクションに分かれており、中庭は植物園になっていた。 その植物園で、エキが生えていた雑草(?)を口に入れて「この草食べられるんだよ。タツヤも食べてみてよ。」と言う。エミールが内戦中に公園の草を食べていたというのを聞いていたので、信じてその草を口に入れたら、その瞬間エキは草を吐き出し始めた!
ムムッ、どうやら冗談だったらしい。こんな風にエキはいたずらっ子という感じなのだが、そうかと思えば、訪れる場所でいろいろと説明をしてくれたりと、真面目な一面も見せる。「エキは私に対してはいつも真面目よ。」とは紀世ママの弁。しかしその後、エキは草をまた口に入れて、わざわざ噛んで見せてくれた・・・。(飲み込んだかは不明)
(中尾達也) |
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劇場でハンカという劇を見させてもらった。出演していたのはボスニアで人気がある有名な俳優の人たちだったらしい。後ろに座っていたジェーボがときどき通訳してくれたが、時差ボケのせいか眠くて眠くて、集中して見ることができなかった。
ボスニアの人たちには心にゆとりがあるように感じられる。今日ここに来ているのはボスニアの中でも豊かな人々なのかもしれないが、こうやって劇を楽しんだり、カフェでのひとときを楽しんだり。こういった文化は生活のリズムとなって、彼らに深く根付いているのだろう。そして、それは何があっても消えることはないように思われる。それほど文化の力というものを大きく感じた。(中尾達也) |