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4月4日(水)
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イグマンの朝。山で昼までゆっくりする。朝は外で食べる。親達が持ってきたソーセージや肉などを焼いて食べる。ズラータと朝からコーヒー。山には雪が見えた。ここはモスリム人地区の山で保養地だったがここでもホテルなど破壊されていた。子供達はサッカーをする。エミールママは肉を焼き続ける。元気だ。マッシュルームが香ばしくておいしかった。
昼にサラエボに戻り障害者協会へ行って日本大使館の人の話を聞く。主にボスニアの子供達への日本紹介だった。ここで食べたランチのチェバプチチはサラエボで1番おいしいとアドナンが教えてくれた。サラエボにマックがないわけはこのチェバプチチのせいかも。その後ダウンタウンで買い物。コーヒー、敷物、絵葉書などを買った。7時ごろ帰宅。初めて早く帰った。
その夜はズラータ、ハーモ夫婦と一緒に街の古いレストランで食事。ズラータは辞書持参。街へ行くとき車の中でハーモは、私がもうすぐ帰ると思うと涙が出てくるという。ハーモが泣けば私も泣くから泣かないでと言った。私とズラータはハーモと腕を組み3人並んで街を散策した。国立図書館はかこいがしてあり中はまだ破壊されたまま。サラエボのシンボル的な建物だったのでライトアップされている。写真を撮っているのは迷彩服を着た外国の兵隊達だ。ズラータとハーモはこの図書館で勉強中に知り合ったと言う。レストランはサラエボで最も古く、ウエトレスは民族衣装を着ていた。入り口でイタリア兵達が私達にあいさつした。“ボナセーラ!”そして私達も“ボナセーラ!”
今ボスニアは外国の兵隊達で維持されている。が、サラエボの人達を見ると平和的共存だとおもえる。夜のサラエボのダウンタウンは、食事やお茶や散策している地元の人達と兵隊達が多い。ハーモは白ワインを頼んだ。そのワインに炭酸を注いで飲んだ。ハーモは言った。“私達はムスリムだがイスラムの本は読まない。でも酒は飲む。だから地獄に行くかも”、もちろん冗談。“紀世の宗教はキリスト教?”って聞かれた。いいえ、仏教と答えたがそれ以上は聞かなかった。私もそれ以上は答えたくなかった。個人ではなく家の宗教という意識しかないから。しかしその程度の質問だったのだ。内戦前はそんな感じで共生していたのだろう。今日バスの中でエキは尚子にミミズ(ドライ)を口の中に入れて、彼女を泣かせた。エキはおとなしくなった。
(野中紀世) |
| 日本のあそびをした。駒や紙風船、あと書道もした。ショピングもした。楽しかった。夜はエニーダと一緒にマライヤのビデオを見た。(松永
彩) |
| 日本の遊びで遊んだ。ミニ書道があって、面白かっ た。ダルマおとしにはまった。(蓑田里沙) |