
★ まず、チベットの歴史・バックグラウンドについて教えてください。
最初のチベット人は、雄猿と岩の精女のあいだに生まれたという伝説があります。そして2000年の昔、釈迦入滅から418年目のこと、チベット高原に初めての王ニャティ・ツェンポが現れて、チベット暦が始まりました。
7世紀に現れたソンツェン・ガムポは中国の妃とネパールの妃を持ち、二人の妃は仏教を広めました。8世紀にはインドのパドマ・サンバグァという聖人が招かれ、インド仏教が国教になり、その後西チベットのグゲ王国を発端にして仏教が再興しました。13世紀にチベットは一時モンゴルの支配を受けましたが、それをきっかけにモンゴルにチベット仏教が広まるようになります。16世紀にはダライ・ラマ(モンゴル語)が政治・宗教を治めるようになり、19世紀には鎖国政策をとるようになりました。
そして1911年に辛亥革命が起こって中華民国が成立し、その直後に中華民国は漢族、満州族、回族、チベット族などを一体とした共和国であることを宣言しますが、チベット側はこれを拒否します。1949年には中国の人民解放戦争が終結して、中華人民共和国が成立し、1950年に中国共産党の軍隊がチベットに攻め込みました。翌年、チベット政府の代表団は、北京で「平和解放協定」に調印させられましたが、指導者ダライ・ラマの地位保証、信仰の自由など協定上の約束がすぐに破られたため抵抗運動が起こります。そして1959年、中国軍がチベットに侵略して、ダライ・ラマの離宮ノブリンカで衝突が起こりました。ダライ・ラマ14世はインド(ダラムサラ)に亡命し、そこで亡命政府を立てます。その後も中国の支配は続き、「文化大革命」として僧院が破壊され、数千人が命を失い、たくさんの人が拷問を受け、十数万人の人々がインド、ネパールへ亡命しました。
1989年にダライ・ラマ14世はノーベル平和賞を受賞しましたが、中国側は態度を軟化させず、今もなおチベットには400人以上もの政治犯が投獄されていると言われています。そしてチベット難民は、政府援助も市民権もパスポートも無く、アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア、日本など世界中に散らばって大変な生活を強いられているのです。 |
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★ チベット仏教ってどんなものですか?
仏(釈迦)、法(釈迦の教え)、サンガ(僧)の三宝への帰依が基本となっていて、生きとし生けるものが苦しみから救われることを願い(菩提心)、自分よりも他者の幸せを願います(利他)。ユニークな瞑想修行と儀式からなる密教で、輪廻(生まれ変わり)と転生活仏(高僧の生まれ変わりで、神託によって探します。ダライ・ラマもそうです。)が特徴になっています。 |
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★ チベットのキーワードを教えてください。
| タルチョ |
五色の祈りの旗で、赤=火、黄=地、青=水、白=雲、緑=木を表します。 |
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ルンタ |
風の馬。風にはためくと仏の教えを広めると言われています。 |
| チョルテン |
仏舎利。高僧の遺物を納めた塔のことです。 |
| ツァツァ |
泥で作った小さな仏像。道端に供えてあります。 |
| マニ車 |
回すだけでお経を読んだことになるもの(文盲の人も多いため)。携帯用から大きなお寺用まであります。 |
| キャンチャ |
五体投地。全身を使ったお祈り。これで何ヶ月もの巡礼に行く人もいます。 |
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